本文へ移動

月刊「教育旅行」掲載記事ブログ

視察レポート

進化した長崎市の「長崎SDGs平和ワークショップ」と体験・探究型教育旅行プログラム(2024年2月号掲載)

2024-02-09
文・写真=(公財)日本修学旅行協会 理事長 竹内 秀一
月刊「教育旅行」2024年2月号掲載
※本記事中の情報は執筆当時のもので、その後変更されている場合があります。
最新情報は問い合せ先にご照会ください。


「平和学習」をメインテーマとした中学・高校の修学旅行では、沖縄、広島そして長崎が定番となっている。しかし、学校が望むその地での平和講話は、戦争や被爆を体験された方々の高齢化によって実施が難しくなっている。そうした現状を踏まえ、長崎市では、平和講話に代わる平和学習のプログラム「長崎SDGs平和ワークショップ」を昨年から本格的にスタートさせた。また、体験的な活動を重視する「探究的な学習」に対応した新しいプログラムづくりも進めている。昨年、(一社)長崎国際観光コンベンション協会の計らいで、それらを視察させていただく機会を得た。
「長崎SDGs平和ワークショップ」への取り組み
このプログラムは、長崎原爆資料館の見学とながさき平和・歴史ガイドの案内による被爆遺構めぐり、その後に実施されるグループワークからなっている。視察させていただいたのは、新潟県立糸魚川(いといがわ)高等学校の修学旅行生が行ったグループワーク。糸魚川高校は、日頃から「糸魚川学(I Quest)」と名付けられた探究活動を展開している先進校で、昨年度の生徒たちもこのプログラムを体験している。その様子も視察させていただいたので、今回が2度目ということになる。

長崎での活動

生徒たちは、長崎に到着後、被爆された方から体験講話を聴き、原爆資料館で実物資料や当時の写真などを見学したあと遺構めぐりで実際に被爆した地に立つ。机上での学習で得た知識は、体験講話や実物資料を通してしだいに実体化し、さらに被爆遺構を見てそれらを実感する。しだいに深くなっていく「学び」によって、生徒たちは、それぞれに平和に対する思いを一層強くしたにちがいない。翌日のグループワークには、そうした思いをもって臨むことになった。
ディスカッションの様子
グループワークの実際

グループワークは、8~9名からなるグループに、それぞれ1名ずつのファシリテーターがついて議論を進めていく。ファシリテーターは、遺構めぐりを担当したベテランの平和ガイドさんと生徒たちに年代の近いホテルの従業員の方々が務めた。皆さんは、このワークショップに向けた研修を相当に積んできているとのことだ。

最初にオリエンテーションで、ワークショップとSDGs「平和と公正をすべての人に」との関係や長崎市の学校が取り組んでいる平和継承活動などの紹介があり、ついでグループワークの流れが示された。ディスカッションの課題としてあげられたのが、「平和推進のために何をする?(テーマの設定)」、「そのために自分は何をする?(アクションプラン)」の2つ。「他人の意見を否定しないこと」「全員が必ず発言すること」も強調された。
各グループの発表の様子
グループで決められたテーマは「平和のために私たちができること」、「みんなの対立をなくすには」といったもの。そのテーマに沿ってアクションプランをまとめていく。ディスカッションでは、課題に対しての意見が生徒たちから活発に出されていた。昨日の長崎での平和学習やオリエンテーションで紹介された同世代の生徒たちによる平和継承の活動が、生徒たちに強く響いていたことがよくわかる。

各自の意見はその都度付箋に書き、グルーピングしながら模造紙に貼って整理する。その後、1グループ5分ずつ、3グループが全員に向けて発表し、その内容を共有する。発表で語られた「戦争を過去のものとせず、自分ごととして受け止めたい」という言葉に、多くの生徒がうなずいていたことが印象的だった。

進化したワークショップ

往々にして議論を誘導しがちになるファシリテーターだが、それぞれの方たちが生徒主体で議論が進められるよう十分に配慮していて、発言も軌道修正に留められていたように思う。どのグループにも議論に加わっていない生徒は見られず、皆が楽しそうに意見を交わしていて、前回よりも明らかにブラッシュアップされたプログラムになっていると感じた。

ワークショップに要した時間は全体で90分間。短い時間だったが、このプログラムを体験することで、生徒たちは「平和学習」の成果を、自分の中にしっかりと定着させることができたのではないかと思う。「長崎SDGs平和ワークショップ」は、長崎での平和学習をより効果的なものとするための最適なプログラムだといえよう。
龍踊りではじけるパフォーマンス
龍踊りの発表
江戸時代、「鎖国」体制の下でも、長崎ではオランダ、中国(清国)との交易が活発に行われていた。オランダ人の居住地・出島はよく知られているが、中国人の居住地・「唐人屋敷」はあまり知られていないように思う。唐人屋敷への出入りは、規制はあったものの比較的自由だったため、長崎の文化には、オランダ以上に強く中国文化の影響が及んだ。

長崎の生活文化には、現在でも様々な分野に中国文化の影響が見られるが、諏訪神社の祭礼「長崎くんち」で奉納される伝統芸能・龍踊(じゃおど)は、その典型といってよいだろう。修学旅行で、その龍踊りを体験できるプログラムが(株)ぜっと屋によって提供されている。

「長崎龍学(りゅうがく)」と名付けられた龍踊り体験は、オンラインでの事前学習で龍踊りの歴史や演者の役割を学んだあと、現地での練習、リハーサルと発表会、事後のオンライン発表会からなる。現地では、龍の扱い方や演技、ドラや長喇叭(ながらっぱ)など中国楽器の演奏を専門のスタッフから学び、それを新地中華街前の広場などで観客に披露する、全部で3時間ほどのプログラムとなっている。

今回視察させていただいたのは、富山県立高校の生徒たちによる演技。龍踊りの前に地元五箇山(ごかやま)の伝統芸能「こきりこ節」を見事に踊ってくれた。龍踊りも、独特な楽器の演奏を含め生徒全員が各自の役割をしっかりと果たし、素晴らしい演技を見せてくれた。地元と長崎、2つの伝統芸能を見知らぬ観客に披露するという、生徒たちにとって貴重な体験の機会となったにちがいない。練習の様子はわからないが、指導されたスタッフの方々の熱意が生徒たちに伝わることで、彼らの意欲が引き出されたのだと思う。また、伝統芸能を継承してきた地域の人々やそれを支えてきた人々の思いも実感できたのではないだろうか。

これは、通常とは異なる特別なプログラムだったが、学校の要望があれば多少のアレンジはできるという。また、夕食後に宿泊施設で行う、プロによるパフォーマンス「龍踊ライブ」も用意しているとのこと。龍踊り体験は、チームビルディングのきっかけになるだけでなく、長崎の人々と交流し、対話するプログラムでもあるといえるだろう。
「つくる邸」を拠点にフィールドワーク
長崎のまちの素晴らしい夜景。この景観は、長崎港を囲む斜面地がつくり出したものだ。「坂のまち」といわれる長崎は、市街地の約7割を斜面地が占めている。その景観は、新築されたばかりの長崎市庁舎19階にある展望フロアから眺めることができる。

斜面地に建てられた住宅群には、このごろ空き家が目立つようになったという。高齢化が進む中、坂や階段の多い斜面地の環境が、住民にとって大きな負担になっていることが理由と考えられ、人口の流出・減少は、長崎市の大きな課題になっている。その斜面地にある築70年という古民家を改装した「つくる邸」を拠点に、空き家の再生や斜面地の魅力の発信に取り組んでいるのが(株)つくるのわデザインだ。この団体が企画・運営した修学旅行プログラムの事例を紹介したい。

体験したのは川崎市の中学生260名。オンラインによる事前学習で、長崎のまちの現状や若者が取り組んでいるまちづくりの状況などを学び、その後、長崎での現地学習となる。学習活動のメインはフィールドワーク。26チームに分かれ、チームごとに長崎のまちで活動している人を訪問してお話を聴く。体験活動を行ったチームもあるとのこと。訪問先は、地域猫に関わる課題に取り組む人、洋館の活用を通して歴史的建造物保存の意義を発信している人など、自分たちも楽しみながら長崎のまちを盛り上げようとしている様々な人たちで、生徒たちは、こうした交流を通して社会との関わり方のヒントを得、社会課題に対するアプローチの仕方を学ぶことになる。フィールドワークの後は、ワークショップ。各チームがそれぞれの感想や学んだことを発表しあい、それらを共有することで各自が体験の成果をさらに深めていく。

人と出会い、人に学ぶことを重視したこのプログラムは、まさに学習指導要領のいう「対話的」な学びそのもの。生徒たちにとって、自分たちとは異なる価値観を持った人々との交流は、彼らの心が揺さぶられる貴重な経験となったにちがいない。また、SDGsの一つ「住み続けられるまちづくりを」やキャリア教育とも繋げることができるプログラムでもあるだろう。このプログラムの実施にあたっては、「ながさき若者会議」をはじめ多くの方々の協力が必要となるので、早い段階で「つくるのわデザイン」に相談されたい。

フィールドワークの様子
ワークショップでの発表の様子
期待が膨らむ長崎スタジアムシティ
長崎スタジアムシティ 完成予定図(全体)  ※構想段階のため今後デザイン含め変更の可能性があります  提供:ジャパネットホールディングス
長崎駅から徒歩約10分というアクセス抜群の場所に、かつて三菱重工長崎造船所の工場があった。その跡地に、今年の10月14日、「長崎スタジアムシティ」がオープンする。これは、約2万人の観客を収容できるサッカースタジアムを中心に、バスケットボールの試合をはじめコンサートなどのイベントにも対応できる約6000席の可変型アリーナ、客室から眼下にスタジアムを望むことができるホテル、さらにオフィスやショッピングモールも併設する巨大複合施設だ。

ホテルには240を超える客室があり、1室の定員は最大で6名。修学旅行も受け入れる予定なので、大規模校にはありがたい。また、サッカーの試合がないときにはピッチが開放され、スタジアムの客席で美しい芝を眺めながら昼食をとることもできる。スタジアムのバックヤードツアーやスポーツ選手との交流などをプログラム化することも視野に入れているとのこと。

そこに大人数の生徒が宿泊できるホテルがあるかどうか、一斉に食事できる場所があるかどうか、修学旅行の訪問地を選ぶ際によく問題とされる点だが、「長崎スタジアムシティ」は、これに応えることのできる施設としておおいに期待できそうだ。また、このような巨大施設の出現による雇用創出と人口減という地域課題との関係性についても考えることができるだろう。

長崎では、修学旅行で訪れる学校の多くがメインテーマとする平和学習のプログラムに一層の磨きがかけられている。その他にも、長崎には、中世末~近世のキリスト教の広まりやオランダ・中国との交易を背景とした歴史、その中で育まれた独特の文化など、豊かな学習資源を活用した多様な教育旅行のプログラムがある。さらに、長崎のまちが抱える現代的な課題も「探究的な学習」の格好のテーマとなるだろう。長崎に腰を落ち着けて、それぞれの学校ならではのオリジナリティあふれる修学旅行をぜひ創ってほしい。

【問い合せ先】
(一社) 長崎国際観光コンベンション協会
長崎県長崎市出島町1―1 出島ワーフ2階
TEL:095―816―0809
TOPへ戻る