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掲載記事・視察レポート

視察レポート

「ワンヘルス」と「SDGs」を軸とした福岡県の多彩な教育旅行プログラム(2025年10月号掲載)

2025-10-10
文・写真=(公財)日本修学旅行協会 編集部 中出 三千代 

月刊「教育旅行」2025年10月号掲載
※本記事中の情報は執筆当時のもので、その後変更されている場合があります。
最新情報は問い合せ先にご照会ください。

福岡空港と博多駅という空と陸の大ターミナルがあり、九州の玄関口である福岡県。古くから東アジアとの交流の歴史もあり、その交流から生まれた文化にもあふれた土地だ。そして、近年は、県全体で「ワンヘルス」や「SDGs」など未来へ向けた取り組みを推進している。7月に、福岡県および(公社)福岡県観光連盟による「福岡県修学旅行モニターツアー」に参加する機会を得、福岡県内の多彩な教育旅行プログラムを視察・体験させていただいた。
人と動物の健康と環境の健全性はひとつ「ワンヘルス」学習/福岡こども短期大学
福岡県は、2020年に全国で初めて「福岡県ワンへルス推進基本条例」を制定したワンヘルスの先進地。ワンヘルス(One Health)とは、「人の健康」「動物の健康」「環境の健全性」を一つの健康と捉え、一体的に守っていくという考え方。新型コロナウイルスの世界的なパンデミックを経て、人が健康に暮らしていくためには、地球に暮らす動物、そして地球自身も健康でなければならないからだ。

太宰府市にある福岡こども短期大学では、教養科目に「どうぶつ学」を設定するなど、ワンヘルスへの取り組みを全学で進めている。まずはじめに、同短大で特任講師も務める(一社)ワン・ヘルス・クリエイツ理事長・芝田良倫さんの講演で、ワンヘルスへの理解を深めた。大阪出身の芝田さんは、福岡の海の美しさに感動して移住した(環境の健全性)。しかし、ほどなく大腸がんを発症し、それまで自分の健康と向き合わなかったことを後悔したという(人の健康)。地元の地域おこし協力隊の活動をするなか、縁あって、保護猫や警察犬になれなかった犬など、殺処分の危機にあった動物を飼うことになった(動物の健康)。そんな動物たちと暮らすことで、芝田さん自身も自分の健康を取り戻したという。現在は、ワンヘルスの普及・教育活動に取り組んでいて、県内の学校や県外から訪れる生徒たちに、自身の体験を踏まえたワンヘルスの理念を伝えている。生徒たちにそれぞれ、「自分にとってのワンヘルス」を考えてもらうことが大切だと語る。

芝田さんが教えている同短大の学生からは、今年、学内に完成した「ワンヘルスガーデン」および愛育活動の説明があった。ワンヘルス・ガーデンには、芝田さんと学生たちが迎え入れた保護犬2匹と保護猫3匹が愛育されている。保育者・教育者を目指す学生達は日々、どうぶつ達の様子を見守りながら愛情を持って育てており、学内のイベントや附属園でのふれあい活動を通じて、いのちの大切さを伝えるとともに動物との共生を体現している。何より、どうぶつたちと日々接することで、保育者としての学びだけでなく学生自身の心身の健康が保たれているのだと感じた。

同短大と同じ敷地内にある関連校の生徒・学生からのプレゼンテーションもあった。Linden Hall School中高等部の生徒からは、オーガニック給食やコンポストなどの学内の環境保護への取り組みと、ゾウ保護区を訪れて動物との共生を学んだタイ・チェンマイ研修旅行の報告があった。日本経済大学の学生は、敷地内にある国内最大級のイングリッシュガーデンであるTGローズガーデンを紹介。一般にも無料で公開されていて、バラが咲き誇る春と秋には特に、地元の人たちなどで賑わうそうだ。

修学旅行等での団体見学も受け入れていて、昼食場所として1階に学食があるGREEN SQUAREが利用できる。2階は団体貸切もでき、地元の食材も使って健康に配慮した「ワンヘルス弁当」も提供する予定だ。芝田さんのような熱意のある大人や学生と交流できる機会は、生徒たちにとって刺激的な体験になるだろう。
芝田さんのワンヘルス講演
ワンヘルスガーデンの犬
学習・体験プログラムが豊富/九州国立博物館
九州国立博物館は、4番目の国立博物館として、平成一七(2005)年に開館。今年で20周年を迎える。特徴的なのはその建物で、ガラス張りの外観は、展示物の保護のため日光の影響を避けるミュージアムとしては珍しい。太陽光線を遮断する二重ガラスが、約3千枚使用されているそうだ。「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える」をコンセプトとして、4階の文化交流展示室を中心に、旧石器時代から近世末期(開国)までの日本文化の形成について展示している。

学習プログラムが豊富で、見るだけでなく、触る・聞く・着るなどの五感を使った体験プログラムが用意されている。1階の「体験型展示室 あじっぱ」では、世界各国の楽器の演奏や民族衣装体験、工作体験などができる。期間限定だが、展示物のレプリカに触ったりすることのできるユニバーサル展示もある。

学校団体には、ボランティアガイドによる「博物館ガイダンス」「展示室ガイドツアー」「バックヤードツアー」が用意されている(要事前予約)。今回の視察では、2階の収蔵庫・保存修復施設を案内してもらい、文化財の修復作業の様子を見ることもできた。屏風などの修復には、それに合った紙を漉くところから始めるとのことで、高い技術と集中力の要る繊細な作業の様子に驚嘆した。博物館で働く人へのインタビューや仕事体験も可能なので、博物館の仕事や文化財を守る大切さを理解することができるだろう。

配慮の必要な児童生徒のための手立ても充実していて、1階には音やまぶしい光を遮断した「あんしんルーム」がある。また、主に発達障がいの人とその同伴者向けの「あんしんガイド」や、音や光に敏感な人のための「あんしんマップ」も用意されている。

高校生以下は入場無料で、学習プログラムもほとんどが無料なので、このエリアを訪れるなら、必ず利用したい施設だ。

九州国立博物館 外観
体験型展示室 あじっぱ
124年ぶりの大改修中/太宰府天満宮
太宰府天満宮仮殿
九州国立博物館から連絡トンネルをくぐって行くと、すぐに太宰府天満宮が見えてくる。太宰府天満宮は、「学問の神様」菅原道真公を祀る天満宮の総本宮。現在、本殿は大改修中で、仮殿が建てられている。2027年5月までの3年間、参拝者を迎える仮殿は、道真を慕う梅の木が一夜のうちに大宰府まで飛んできたという飛梅(とびうめ)伝説から着想を得たデザインで、木々が屋根を覆う、周囲の景観とも調和した外観だ。2027年5月からは、124年ぶりの大改修を経て美しく甦った本殿で参拝できるのが待ち遠しい。

太宰府天満宮から西鉄・太宰府駅に伸びる参道の名物は「梅ヶ枝(え)餅」。小豆あんを薄い餅で包み、梅の刻印が入った鉄板で焼いた素朴なお菓子。お店が数多くあり、それぞれ味が違うそうなので、食べ比べてみたい。参道は歩道が整備されているので、自由行動時も安心だ。

フィールドワークで戦争と平和を学ぶ/筑前町立大刀洗平和記念館
福岡県南部、筑前町立大刀洗(たちあらい)平和記念館のある一帯は、かつて東洋一と言われた旧陸軍大刀洗飛行場があった場所。大正八(1919)年に作られた西日本最大の航空基地で、周辺には航空機製作所や陸軍飛行学校などの関連施設も数多くあった。特攻が始まると、飛行学校を卒業した若者は特攻隊員として出撃し、多くの若い命が失われた。昭和二〇年3月27日と31日のB-29の大空襲により、大刀洗飛行場は壊滅的な被害を受けた。その犠牲者の中には集団下校途中の子供たちも含まれ、「頓田の森の悲劇」として語り継がれている。

筑前町立大刀洗平和記念館は、大刀洗飛行場の歴史と平和を発信する施設として、平成二一(2009)年に開館した。世界で唯一の現存機である海軍の零戦三二型と陸軍の九七戦の実機、兵士が家族に送った手紙や遺書、特攻に関する展示、かつての大刀洗飛行場周辺の様子や空襲で犠牲になった人々についてなど、この町が関わった戦争の様相がわかりやすく展示されている。シアターでは映画上映のほか、戦争をテーマにした様々な手記や物語の朗読も行われる。

記念館の周辺には、当時の記憶を伝える戦争遺跡が数多く残されていて、それらを巡るフィールドワークのコースも整備されている。今回は、筑前町戦跡ボランティアガイドの方にそのいくつかをご案内いただいた。第五航空教育隊正門と憲兵分遣隊舎の煉瓦塀をバスの車窓から見学した後、バスを降りて時計台跡、監的壕(かんてきごう)などを見学。かつての時計台は、今は慰霊碑になっている。監的壕は、軍用機による射撃訓練の観測用の壕だ。現在、これらの遺跡は住宅地にあるため、見学の際は住民の迷惑にならないよう配慮したい。

最後に、敵の空襲から飛行機を守るための格納庫である掩体壕(えんたいごう)を見学した。筑前町に唯一現存するこの掩体壕は高さ7.3m、幅36mもあり、戦闘機が2機入る大きさとのこと。見学用にタブレット端末が整備されていて、掩体壕の各所をカメラでスキャンすると、その箇所の説明や大刀洗飛行場の歴史などを分かりやすく解説する画像と音声が流れる。軍人が語りかけるような説明で臨場感があり、生徒には理解しやすいので、利用したい。

九七戦の実機
掩体壕
北九州市のSDGsへの取り組みを学ぶ/北九州SDGs探究学習プログラム
高炉工場(日本製鉄(株) 九州製鉄所所蔵)
北九州市は、関門海峡を隔てて本州と隣り合わせの、正に九州の玄関口。明治三四(1901)年に官営八幡(やはた)製鐡所が操業を開始して以来、日本の近代化や高度経済成長を牽引する「ものづくりのまち」として発展してきた。その一方、経済成長の負の側面として公害問題が発生し、それに加え、エネルギー革命や産業構造の変化などがもたらすさまざまな社会課題に、早い時期から向き合ってきた地域だ。そんな北九州市の過去・現在、そして未来に向けた取り組みを、修学旅行で学ぶプログラムが「北九州SDGs探究学習プログラム」。現在、市内の様々な企業・団体と連携して、10プログラムが用意されている。企業・施設訪問やフィールドワーク、地元の大学生との交流、セミナー・ワークショップなどを組み合わせて、生徒が主体的に学び・考え・表現できるプログラムとなっている。

今回の視察では、「先進企業のSDGsへの取組」を、日本製鉄(株)九州製鉄所への企業訪問を通じて学んだ。日本製鉄九州製鉄所は、先に述べた官営八幡製鐡所がその前身で、日本鉄鋼業界のリーダーとしての役割を果たしてきた。戸畑・八幡・小倉・豊前(大分県)の4エリアに分かれるが、訪問した戸畑・八幡エリアは、鉄鉱石などの原料を高炉で溶かすところから鋼管やレールなどの製品作りまで行っている。九州製鉄所の概要説明を受けた後、高炉工場と熱延工場を見学した。高炉はまさしく製鉄所のイメージそのままで、3000度の真っ赤な炎の液体が流れ落ちていく様子をモニター越しだが見ることができ、作業員の方がかなり近くで作業されている様子に驚いた。熱延工場は、鉄の塊を熱と圧力で薄く延ばし、薄板等の製品に加工する工程。この日はメンテナンスで機械が動いていなかったが、東京ドーム237個分という広大な製鉄所の規模に圧倒された。企業訪問の後に受講するSDGsセミナーでは、生徒の学習進度や理解に合わせて、SDGsの概要、北九州市の取り組み等を分かりやすく解説。また、生徒の見学した企業での気づきの共有や振り返りなどを行う。

このプログラムは、「北九州修学旅行サポートセンター」がワンストップで、予約・手配・費用精算等を行っている。企業訪問の予約や講師の手配など、学校や旅行会社が直接行うのが難しいところもすべてサポートしてくれる。また、学校の要望に合わせて、プログラムのアレンジや新しいプログラムの開発も行っているので、気軽に相談・問い合せしてほしいとのことだ。
宿泊施設・食事場所情報
●ホテルニュープラザ久留米
県南部の中核都市、久留米市の中心にあるビジネスホテル。部屋はシングル中心で、修学旅行は120名までの受入れ。夕朝食はセットメニューで、アレルギー対応も可能。久留米市は佐賀県との県境に近く、熊本県や大分県への移動にも便利な場所だ。久留米絣(かすり)などの伝統工芸が盛んで、ブリヂストンの創業者・石橋正二郎が郷里に建設・寄贈した久留米市美術館などの見学先もあるので、ここを訪れるなら行程に加えたい。

●小倉リーセントホテル
小倉城のすぐ横にあるシティホテル。修学旅行は80名弱の受入れで、今回は昼食会場として利用した。修学旅行のセットランチは2、000円から。アレルギー対応もしてもらえる。


福岡県は、九州の玄関口で交通の便がよいため、九州修学旅行では経由地として通過してしまう場合もあるようだが、歴史・文化学習も、平和学習も、未来の課題解決に向けた学習も可能な、素材豊富な土地だ。是非、滞在時間をできるだけ多く取って、多彩なプログラムを体験してほしい。

【問い合せ先】
(公社)福岡県観光連盟
TEL:092―645―0019
北九州修学旅行サポートセンター
TEL:093―533―2270
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