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掲載記事・視察レポート

視察レポート

熊本県県南地域の探究学習プログラム(2024年8月号掲載)

2024-08-10
文・写真=(公財)日本修学旅行協会 理事長 竹内 秀一
月刊「教育旅行」2024年8月号掲載
※本記事中の情報は執筆当時のもので、その後変更されている場合があります。
最新情報は問い合せ先にご照会ください。


熊本県では教育旅行向けの新たな探究学習プログラムづくりを積極的に進めている。先日、(公社)熊本県観光連盟が主催する県南地域の探究学習プログラムの視察に参加させていただいた。
熊本県環境センターでの学習プログラム
九州新幹線の新水俣駅から車で約20分、八代(やつしろ)湾を望む「まなびの丘」に熊本県環境センターがある。ここで実施されている学習プログラムのうち、環境問題に関する講話を受講した。

講話のテーマは「地球環境問題と私たちのくらし~SDGsとのつながり~」。柱は地球温暖化とゴミの問題だ。なかでも、石炭・石油などの利用によっておよそ100年前からCOが急増。地球の温暖化が進み、野生生物の種が13分間に1種減少しているという話は衝撃だった。熊本県では、現在「ゼロカーボン・アクションくまもと36」に取り組んでいるとのこと。白熱電球とLED電球をハンドルを回して点灯させる実験は、エネルギーの使用量を減らすために私たちができることの一例として興味深かった。

ゴミ問題については、「3R(Reduce・Reuse・Recycle)」が強調された。県環境センターがある水俣市では、平成五(1993)年からゴミの高度分別が開始され、現在は23品目もの分別が行われているという。SDGsへの取り組みとして大いに考えさせられる事例だと思った。

環境センターの2階には、気候変動やスーパー台風などを体験できる「エコステージ~地球の未来~」、1階には買い物の疑似体験を通してゴミやCOの削減について考えることができる「買い物ゲーム」が用意されている。学習プログラムの受講と併せて見学・体験することで、環境問題に対する関心を高めることができるだろう。

「まなびの丘」には、県環境センターと並んで水俣市立水俣病資料館と環境省の水俣病情報センターがある。環境問題を学ぶのなら、これら二つの施設にもぜひ訪れてほしい。
白熱電球とLED 電球の点灯実験
再生した水俣湾の「ヒメタツ」
森下さんの講演
工場が排出したメチル水銀によって汚染され、「死の海」ともいわれた水俣の海。今、この海にはマダイやカサゴ、タチウオなど多くの魚が生息し、本来の姿を取り戻している。2017年、ここに生息するタツノオトシゴが新種と判明し「ヒメタツ」と名付けられた。水俣の海に潜り続け、ヒメタツを観察してきたダイバー・森下誠さんのお話を、ご自身が撮影された映像を視ながら伺った。

映し出された水俣の海の中は、海藻が生い茂りたくさんの魚たちが群れている。なかでも高い密度で生息しているのがヒメタツだ。タツノオトシゴはメスがオスの腹に卵を産みつけ、その1か月後に50~100匹の稚魚が生まれる。ピークの時には、毎日のように出産があるという。「かつて死の海といわれた水俣の海で、命が誕生する瞬間を見てほしい」というのが森下さんの思いだ。しかし、マイクロプラスチックなどの海洋ゴミや温暖化の影響、大量繁殖したウニによる海藻の食害など、海の環境が危うくなっている。水俣の海の再生のシンボル・ヒメタツが安心して産卵できる海を守っていくため、森下さんは今、水俣の市民を巻き込んだ「保護区」づくりに取り組んでいる。

教育旅行向けのプログラムは現在造成中。ヒメタツの産卵や魚たちの姿をライブ映像で観察したり、保護区づくりに関わる活動をすることなどを考えているそうだ。早ければこの8月以降は受入れができるとのことで、大いに期待したい。
球磨村の教育旅行プログラム
球泉洞の「シャンデリア」
熊本県南部に位置する球磨(くま)村は、森林がその大半を占める山村だ。村では今、この森林資源を活用した教育旅行向けのプログラムづくりが進められている。その中核となっているのが球磨村森林組合。森林を管理するだけでなく、木材の加工販売や観光などさまざまな事業を展開し、村の産業全体を牽引している企業体だ。

■球泉洞 森林組合が管理・運営している九州最大級の鍾乳洞「球泉洞(きゅうせんどう)」に入洞した。およそ3億年前に形成された球泉洞は、全長約500mが調査済み。その一部が公開されていて、一般コース(約30分の行程)と少しハードな探検コース(約1時間の行程)が設けられている。今回は探検コースにチャレンジした。

受付で借りた長靴とヘルメットを装着。スタッフのガイドで急な階段を地底200mまで降りる。そこから終点のシャンデリアと呼ばれる見事な鍾乳石まで、かなり険しい道(?)を辿っていく。途中にはいろいろな形や種類の鍾乳石や石筍(せきじゅん)があり、滝も見ることができる。石壁に何度も頭をぶつけたり、地下水の流れの中を歩くこともあって、たしかに「探検」というに相応しい体験だった。

■その他のプログラム ここでは他に、村の中心を流れる球磨川でのラフティング、枝打ちや間伐といった林業体験、「木育(もくいく)」という環境学習のプログラムなどもつくられている。

球磨村は、令和二(2020)年7月の豪雨による球磨川の氾濫で大きな被害を受けたが、現在は地域が一体となって復旧・復興を進めている。村では、この経験から学ぶ防災・減災学習や「ゼロカーボンシティ」宣言に基づいた脱炭素の村づくりなど、SDGs学習のプログラムなども提供している。探究的な学習の場としても魅力的なところだ。
人吉の防災学習プログラム
大和一酒造元:下田さんの講話
人吉(ひとよし)市は、熊本県の最も南に位置し、市の中心部は球磨川に沿って広がっている。この地域も「令和2年7月豪雨」で大きな被害を受けた。人吉市では人吉球磨防災学習プログラムとして、被災されたさまざまな業種の方々から「生の声」を聴いたり、被災地を訪れたりする「学び」のプログラムがつくられている。

▪人吉被災地域防災講話プログラム 防災講話プログラムでは、「蔵・産物」・「食」・「文化財」・「観光」などに関わる方々から、災害時の状況や復興に向けた取り組みについてお話を聴くことができる。

【職人の話】 球磨川流域に点在する球磨焼酎の蔵元のうち「大和一(やまといち)酒造元」代表の下田文仁さんからお話を伺った。

球磨川の氾濫で、築100年という建物の1階の梁まで水が来た。1階で作業をしていた下田さんは慌てて2階に逃げ込んだという。タンクに貯蔵していた原酒は8割が流出、麴室(こうじむろ)や醸造に用いる機械類も水と泥でダメになり一時は廃業を考えたそうだ。それでもクラウドファンディングによる全国からの支援や蔵元仲間、ボランティアらの協力を得て4か月後には焼酎づくりが再開できた。氾濫した球磨川が運んできた酵母菌を使った焼酎も造っている。下田さんは「人の力は自然には及ばない、自然の恵みとともに脅威も受入れなければならない」という。自然と人との共生について改めて考えさせられた。

お話の後、再生された工場を見学した。かさ上げされた1階の貯蔵室には、土の中に埋められるはずの焼酎の入った甕(かめ)が、木枠で囲まれロープで梁から吊るされたようになって並んでいる。甕が倒れないようにとの工夫だそうだ。水害の経験を活かしたこうした工夫が随所に見られ、復興にかける下田さんの強い意気込みが感じられた。
青井阿蘇神社の楼門
【文化財の話】 人吉の市街にある国宝・青井阿蘇神社を訪問し、宮司の福川義文さんからお話を伺った。 

青井阿蘇神社の創建は大同元(806)年。国宝の本殿や拝殿、楼門など五棟一連の社殿は、いずれも慶長一五(1610)年から一八年にかけて造営されたもので、急な勾配の茅葺屋根に特徴がある。社殿全体は黒い漆塗りを基調とし、木組みには赤漆が用いられている。とりわけ高さ約12mの楼門は、どっしりとした構えで美しい。屋根の四隅の軒下に、阿吽の形相をした一対の神面が取り付けられているのは他に例がないという。

水害時には自宅の2階まで水が押し寄せ、楼門前の蓮池には流されてきた車が浮かび、池に架かる禊橋(みそぎばし)も濁流で壊されたそうだ。

境内では、タブレット端末を用いて当時の様子をARで疑似体験することができる。実際に体験してみたが、かなりの高さまで水が来ている様子が鮮明にわかり、社殿が無事だったことが本当に奇跡に思えた。

この防災学習プログラムでは、事前・事後学習のためのデジタルテキストや『防災学習探究ノート』も用意されているので、深い「学び」に活用したい。
山の中の「ひみつ基地ミュージアム」
ひみつ基地ミュージアムの赤とんぼ
熊本県南部、人吉市の東側に隣接する錦町。その北部、人吉盆地の山に囲まれた地に昭和一八(1943)年、旧日本海軍が人吉海軍航空隊基地を建設した。「にしき ひみつ基地ミュージアム」は、その跡に建てられている。

このミュージアムでは、基地に関わる資料を展示した資料館と本土決戦への備えとして造られた地下壕などの遺構を合わせてフィールドミュージアムとし、そのガイドツアーを運営している。今回は、副館長の平本真子さんに案内していただいた。

資料館に入館すると機体を橙色に塗られた「赤とんぼ」(九三式中間練習機)がすぐに目に入る。実物大の精密なレプリカだが、現存するものが無く貴重だ。この布張りの複葉機が練習機としてだけでなく、特攻機としても使用されたことに驚く。視聴覚コーナーでは、当時を体験された方々の生の証言を聴くことができるので、「平和講話」を実施しない学校の生徒にはぜひ視聴してほしい。松根油(しょうこんゆ)に関する展示は、当時の日本が戦争を継続できない状況だったことを示すよい事例で、資料館から少し離れたところに乾溜(かんりゅう)工場跡が残っていることと併せてこのミュージアムならではのものだ。

地下壕で見学できるのは、現存する地下施設の中で最大規模とされる「魚雷調整場」と「兵舎壕」、「作戦室・無線室」。航空隊員と動員された地元の住民が手掘りで掘った壕で、壁面のツルハシの跡が生々しい。「魚雷調整場」には、魚雷の実物大レプリカが展示されていて臨場感がある。他の2つの壕もベッドや机・イスなどは無いが当時の様子が想像できる。

戦争当時と変わらない周囲の景観を前に、このような山中に地下壕がつくられた理由を生徒たちに考えさせてみたい。
宿泊施設情報
■湯の児 海と夕やけ 水俣の湯(ゆ)の児(こ)温泉郷にあるホテル。不しら知ぬ火い海に面していて全室オーシャンビューの眺望が素晴らしい。1日1校のみの宿泊で、生徒の動きも把握しやすい。受入人数は最大で220名。生徒は和室を使用する。180名収容のコンベンションホール、源泉かけ流しの湯の大浴場も利用できる。
■清流山水花 あゆの里 球磨川沿いにある人吉を代表する老舗の旅館。豪雨災害を経て2021年にリニューアルオープンした。7階「天空のテラス」から球磨川の絶景が望める。教育旅行での宿泊は1日1校で、最大200名の受入れが可能。生徒は和室・洋室どちらも使用でき、天然温泉の大浴場やコンベンションホールも利用できる。



熊本城や水前寺成趣園 (じょうじゅえん)のある熊本県の県北に比べ、県南を教育旅行で訪問する学校はそれほど多くない。しかし、環境学習や災害経験を踏まえた防災・減災学習、平和学習など、県南には「探究的な学習」のテーマに相応しい多様な新しいプログラムがある。熊本県を旅行先とする学校には、県北に加え県南への訪問もおすすめしたい。

【問い合せ先】
(公社)熊本県観光連盟
熊本県熊本市中央区 水前寺6―5―19 熊本県庁会議棟1号館2階
TEL:096―382―2660
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