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掲載記事・視察レポート

視察レポート

北アルプスを望むまち長野・大町で学ぶ「水」資源の大切さ(2024年10月号掲載)

2024-10-10
文・写真=(公財)日本修学旅行協会 事務局長 高野 満博
月刊「教育旅行」2024年10月号掲載
※本記事中の情報は執筆当時のもので、その後変更されている場合があります。
最新情報は問い合せ先にご照会ください。


今年5月に長野県学習旅行誘致推進協議会にお招きいただき、大町市SDGs学習旅行誘致協議会の案内で、現地を視察させていただいた。自然豊かな大町市は、北アルプスを源とする信濃川水系最上流の水源地帯で、生まれたての良質な水が豊富にある。その水と自然をテーマにした『大町「水の学校」SDGs探究学習旅行』という教育旅行向けプログラムがあり、その中の3つの施設でのプログラムを紹介する。


「くろよん」世紀の大工事を追体験する
黒部ダムと北アルプスの山々
世紀の大工事となった通称「くろよん」黒部ダム(黒部川第四発電所)の建設は、戦後の急速な経済復興による関西地方の深刻な電力不足に起因している。空襲により火力発電所が破壊され、戦後の石炭不足も重なり、昭和二六(1951)年には、工場で週2日、一般家庭で週3回の電力制限(計画停電)があったという。また、昭和三〇年頃から「三種の神器」として洗濯機、冷蔵庫、掃除機(後にテレビ)といった家電が普及し、経済成長に伴う電気需要の高まりで、新たな電源確保が喫緊の社会課題となっていく。そこで水力発電の適地として、3000m級の山岳に挟まれ、豊富な降水量と急勾配を持つ黒部川が選ばれた。

長野駅から車で約1時間20分で黒部ダムの長野県側の入り口にあたる扇沢に着き、そこから電気バスに乗り換えて約16分で黒部ダム駅に到着。新幹線で東京駅から長野駅までは1時間30分前後なので、東京から3時間半ほどで黒部ダムまで行くことができる。そのアクセスの良さに驚いた。扇沢は標高1400メートル、山の間には雪渓が見え、生徒たちからは歓声が上がるだろう。

中部山岳国立公園内にある扇沢から黒部ダムまでは、自然環境に配慮された電気バスに乗り、全長6キロの関電トンネルを上っていく。途中、ダム工事の最大の難所であった「破砕帯」の場所が表示されている。ここは地下水を溜め込んだ弱い地盤で、工事中は水温4℃の水と土砂が最大毎秒660リットルも吹き出した。通常は6日で掘り抜けるはずのわずか80mに7か月もかかった場所で、あまりの寒さに作業員たちは20分交代で工事を進めたそうだ。
黒部ダム駅からは、水の学校『黒部ダムでエネルギー学習を通して地球温暖化やエネルギー資源の問題を考える』プログラムを体験した。関電アメニックスの社員がガイドとして同行し、予約された団体しか入れないトンネルの奥にある建設工事跡(コンクリートを固める薬液保管場所跡)に行く。工事当時の雰囲気(気温10℃)を体感しながら、記録映像を鑑賞して、その大変さを体験する。資材を運ぶ歩荷(ボッカ)と呼ばれる人たちが使っていた背負子(ショイコ)があって、実際に持ってみたが、大人でも簡単に担げる重さではなかった。これを背負って、映像に出てくる山肌に板を渡しただけの今にも落ちそうな運搬道を、何キロも歩いて資材を運んだのかと思うと、ぞっとすると共に、人の力の凄さを感じる。トンネルを掘るための削岩機(体験機)も設置されていて、実際の1/5の排気音・振動に設定されているというが、体験してみると思わずビックリする程の衝撃で、どれほど重労働だったかがよくわかる。ダムに行く途中の通路にはパネルがあり、日本の電力事情や、火力・水力・原子力・風力・太陽光発電それぞれの優れた点や問題点等が解説されている。

トンネルを抜けて展望台に出ると、巨大な黒部ダムとその湖面、周囲には雪が残る雄大な北アルプスの山々と、誰もが声が出るほど素晴らしい景色が広がった。その景色を見るだけでも、一度は行く価値があると改めて思った。黒部ダム碑の奥には建設工事で殉職された171名の慰霊碑がある。多くの犠牲の上に完成したダムであり、経済と社会の発展に貢献し、現在の我々の生活につながっていることが感じられる。
背負子
トンネル掘削の再現ジオラマ
森林と水の関係とその大切さを学ぶ
「サントリー天然水」北アルプス信濃の森工場
大町市内に戻り、「サントリー天然水」北アルプス信濃の森工場を訪問した。ここでは、水の学校『サントリー天然水 北アルプス信濃の森工場 未来の「水」を考える』というプログラムが無料で体験できる。

工場の駐車場に着くと周囲には美しい森しか見えず、どこに工場があるのかと思った。駐車場から遊歩道を歩き始めると、涼やかな川が横に見えてくる。北アルプスを水源に持ち、川原は花崗岩が多く白く乳の様に見えることから乳川(ちがわ)と呼ばれる川だ。遊歩道は日差しが差し込み新緑に覆われていて、とても気持ちがよい。きれいでおいしい水を育む森を保護するために、定期的に枝打ちや間伐などをして陽が差し込みやすくし、「ふかふかの土」になるように整備しているという。陽が差し込まなくなると下草も生えなくなり、表面の土が流されて固くなり、雨水が染み込まなくなってしまうからだそうだ。
天然水の製造ライン
工場内に入ると、北アルプスを模したオブジェが出迎えてくれる。最初にウォーターシアターで、雨から地下に染み込み20年の月日をかけて地下水になる水の旅の物語を2分で体験する。そしてガイドから展示パネルを使って、雨が降ってから地下水になり天然水ができるまでの行程が丁寧に解説される。ペットボトルの製造や、水を1分で1000本という高速でペットボトルに詰め、ラベルを貼る天然水の製造工程も説明してくれる。更に進むと、工場に入るためのエアシャワーの体験コーナーがあり、職場体験のようで生徒たちはワクワクするだろう。工場が実際に稼働する様子も窓越しに見学ができるが、搬送ロボットがあちこちを走り、オートメーション化されていて、人が少ないのに驚いた。見学後は美しい北アルプスを眺めながら天然水をいただく。

座学では、事前課題シートを活用しながら、『社会を潤す「水」を未来へ繋ぐために!』というテーマでの講義を専任講師から受けた。「水の惑星」と言われる地球だが、淡水として活用できる資源としての水は非常に少ない。次に、農産物等を輸入する消費国が自国で生産すると仮定した際に必要となる水の量「仮想水(バーチャルウォーター)」の説明があり、食料等の輸入大国である日本が、世界規模で見ると多くの水を消費していることに気づく。そして水を育む森林の大切さを理解し、自分たちが身の回りでできる水を大切に利用する方法を考えることへとつながる。世界規模の話から身近な取り組みへと、自分事として考えることができる素晴らしいプログラムだ。
自然豊かな森で様々な体験を
森の体験舎のクラフト細工工房
サントリー工場から車で5分程の場所に、豊かな自然の中で様々な体験ができる、広大な国営アルプスあづみの公園がある。ここでは、実際に森林保全のために行っている下草刈りや下枝払いなどの体験も可能だが、学生団体に人気があるのは「森歩きオリエンテーリング」。地図と方位磁石を手掛かりに、広大な森(公園)の中を歩くアクティビティだ。森の広大さとともに水の豊富さなどが感じとれるだろう。小中学生は無料、高校生は入園料のみで実施できるのも人気の理由だそうだ。

入口から空中回廊を歩き、高い位置から森の中を観察しながら移動すると、「森の体験舎」が見えてくる。ここでは、木の実や落ち葉など森の恵みを利用したクラフト細工や、信州名物のおやきや五平餅作り体験などもできる。学校とは異なる森に囲まれた広々とした空間で、きれいな空気とのんびりとした時間の中での体験は、生徒たちのコミュニケーションを深め、普段とは異なる友達の表情を知るきっかけともなるだろう。


大町には大町温泉郷があり、その豊富な地下水からなる温泉を体験することもできる。教育旅行を受け入れている大型の宿泊施設も多く、今回訪問した場所の拠点としても便利だ。

普段、自分たちが当たり前のように使っている電気や水がどのように作られ、届けられているか、知る機会はなかなかないが、大町では「水」をテーマとして、資源や森林保全の大切さ、そして人々の努力を、自然の雄大さや美しさと共に学ぶことができる。(一社)大町市観光協会ではワンストップで、大町「水の学校」プログラムを手配・調整してくれる。長野・大町での教育旅行をご検討いただければ幸いだ。

【問い合せ先】
(一社)大町市観光協会
長野県大町市大町3200
TEL:0261―22―0190
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