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掲載記事・視察レポート

視察レポート

福岡県の多様な「学び」のプログラム(2024年12月号掲載)

2024-12-10
文・写真=(公財)日本修学旅行協会 理事長 竹内 秀一
月刊「教育旅行」2024年12月号掲載
※本記事中の情報は執筆当時のもので、その後変更されている場合があります。
最新情報は問い合せ先にご照会ください。


福岡空港とJR博多駅、北部九州の二つの玄関口を擁する福岡県。人気の太宰府天満宮のほかにも、実は「学び」の資源が豊富にある。

今回、福岡県と(公社)福岡県観光連盟が主催する福岡県SDGs・ワンヘルス修学旅行モニターツアーに参加し、北九州市を中心に「学び」のスポットを視察させていただいた。
市民の戦争体験を伝える/北九州市平和のまちミュージアム
風船爆弾(レプリカ)の展示
山陽新幹線小倉駅からバスで10分弱の勝山公園に、城下町小倉のシンボル小倉城がある。道路を挟んだその向かい側に、「北九州市平和のまちミュージアム」が2022年にオープンした。

小倉は、長崎に投下された原子爆弾の当初の目標地点とされていた。それは、小倉城の敷地を中心に建設されていた西日本最大という小倉陸軍造兵廠(ぞうへいしょう)で軍用車両や風船爆弾などが製造され、小倉が軍都として発展していたからだった。

造兵廠の跡地に建つ平和のまちミュージアムでは、戦前から戦時を経て戦後復興に至るまでの北九州地域の市民の暮らしを、軍や戦争との関わりを軸に紹介している。

「戦争と市民の暮らし」のゾーンに展示されている風船爆弾(1/7のレプリカ)は、女子挺身隊員もその製造に関わったものだが、民間人をも巻き込む「無差別爆撃兵器」という原子爆弾との共通性を生徒に考えさせるうえで見逃せない。また、360度シアターでは、1945年8月8日の八幡(やはた)大空襲と翌日の長崎への原爆投下という一連の出来事が、臨場感ある映像によって追体験できる。そのほか、映像展示では画面の赤い文字に触れると、それに関する画像や体験談が現れるなど、全体に生徒たちの理解を助ける工夫された展示が多い。

戦争にはさまざまな面があり、それを捉えるには多角的な視点が必要だ。平和のまちミュージアムで戦争と市民の暮らしについて学んだら、筑前町の特攻隊関連の展示がある「大刀洗(たちあらい)平和記念館」も併せて見学することをおすすめしたい。

国際理解とSDGsのプログラム/JICA九州
JICA 九州の館内展示
JICA(国際協力機構)は、政府が行うODA(政府開発援助)のうち二国間援助の中核として、開発途上国の課題解決に協力するためのさまざまなプロジェクトを実施している機関だ。JICA九州では、九州の自治体やNGO、大学、民間企業などと連携して地域資源を活かした国際協力事業を進めているが、併せて国内の学校や地域の市民に向けても国際理解やSDGsなどに関わる「学び」のプログラムを提供している。

教育旅行向けのプログラムの例を紹介しよう。最初に、国際協力やODAといったJICAの事業に関するレクチャーを30分ほど受講する。つぎに、カードゲームなども活用してSDGsや世界が抱える課題について考えるワークショップが60分ほど。その後、スタッフの案内で館内の展示などを30分ほど見学する。

学校が事前に提出する訪問申込書には、参加する人数や希望する活動、訪問の位置づけ、学習目的などを記載する欄があり、JICA九州がその内容をもとにオリジナルのプログラムを作成してくれる。学校が希望すれば、海外協力隊経験者の体験談を聴いたり、センター内にあるJICAFe(レストラン)で「世界の料理」を食べたりすることもできる。

海外教育旅行で開発途上国を訪れることはほとんどないが、JICA九州のプログラムは、SDGsにつながるそれら国々の課題について知り、考える貴重な機会を提供してくれるはずだ。

多様な「学び」の施設が集まる/北九州市東田エリア
マーケットのアトラクション
明治三四(1901)年、現在の北九州市東田地区に建設されていた官営八幡製鐵所が操業を開始した。その東田第一高炉(第10次改修高炉)は、今も史跡広場に聳え立っている。

現在、製鐵所の跡地は、世界遺産・官営八幡製鐵所関連施設や多様なテーマをもつ博物館、学習施設などが集まる一大学習エリアとなっている。それらのうち、かつてのスペースワールドの跡地に設けられた大型商業施設「ジ・アウトレット北九州」にある二つの「学び」の施設を訪問した。

◆KITAKYUSHU GLOBAL GATEWAY(KGG)

KGGは、西日本初の英語村。ここでは、外国人スタッフと英語を用いたコミュニケーションが体験できる。

海外の施設を模したアトラクションはスタジオ、ホテル、マーケット、エアライン、レストランの5つ。それぞれの施設は細かな点までリアルにつくり込まれている。教育旅行向けプログラムのライトプランは、このアトラクションでの体験を中心とするツアー形式。まず、KGGのパスポートを持って入国審査を受けるところから始まる。

生徒は10名で1チームを構成、チームごとに1名の外国人エージェントが付き添ってくれる。ゲームなどでチームビルディングしたあと、2種類のアトラクションを体験。それぞれに用意されているミッションに英語を駆使して挑戦する。たとえば、マーケットでは、ミッションカードに記された商品について、希望するサイズや個数を説明し、KGGの通貨を利用して購入する。レストランでは、メニューを見ながら食べ物や飲み物をオーダーする。スタッフが、注文と違うものを持ってきたら、それにも対処しなければならない。どれも日常生活で出逢うかもしれない場面だ。一つのアトラクションの体験時間は35分。終了後には、10分間のリフレクションタイムが設けられている。

ほかにアトラクションを3つまたは5つ体験するプランや、学校の希望によりディスカッションなどを取り入れたスペシャルプログラムも提供できるとのこと。

円安や物価高騰で海外教育旅行が難しくなっている現在、国内でできる英会話体験は生徒にとって極めて貴重な学びの機会になる。ぜひ活用してほしい施設だ。

2階フロアの展示
◆スペースLABO(北九州市科学館)

KGGに隣接してスペースLABOがある。「フシギがれ!」をコンセプトにした体験・体感型の科学館だ。

1階のテーマは北九州市と科学。このフロアでは、国内最大、約10mの竜巻が見られる大型竜巻発生装置が必見だ。竜巻は、アメリカのような広大な平地で起きるものと思いがちだが、日本でも時折大きな竜巻が発生し、被害が出ていることに驚く。北九州市出身で竜巻研究の世界的権威、藤田哲也博士に関する展示や地震、豪雨などの災害について学べるコーナーもある。

2階は不思議な科学現象がテーマ。光や色、空気、水、風、音、磁力など、日常生活で普通に目にする現象に潜む不思議。フロアいっぱいに並ぶ装置を実際に動かすことで、それらの不思議を体感することができる。年齢を問わず、遊び感覚で楽しみながら、科学することへの興味が掻き立てられるスポットだ。

3階には、西日本最大級、直径約30mのドームスクリーンをもつプラネタリウムがある。車いすのスペースも用意されていて誰もが宇宙と星空を楽しむことができる。「スペースラウンジ」には、アポロ司令船の実物や月の石など宇宙開発に関連した展示があるので、上映までの時間はこれらを見学したい。


東田エリアには、ほかに「いのちのたび博物館」や「環境ミュージアム」などがあり、「ジ・アウトレット北九州」内には昼食場所として利用できるフードコートもある。生徒たちの希望に合わせたグループ別行動に最適な「学び」のエリアとしておすすめしたい。

なお、北九州での教育旅行については、受入施設や人と学校とをつなぐ北九州修学旅行サポートセンター(TEL:093-533-2270)があるので、いろいろと相談してみてほしい。

SDGsへの企業の取り組みを知る/IKEA福岡新宮店
環境に配慮した製品
世界最大の家具量販店として知られるスウェーデン発祥のIKEA。日本にある13店舗のうち、福岡には、JR鹿児島本線・新宮中央駅近くにIKEA福岡新宮店がある。

「より快適な毎日を、より多くの方々に」をビジョンとするIKEAは、(1) サステナブル、(2) 完全循環型ビジネス、(3) 公平性とインクルージョンを3つの柱としてSDGsの実現に取り組んでいる。IKEA福岡新宮店で提供している教育旅行向けプログラムを体験した。

はじめに映像を使ったレクチャーを受ける。ここでは、IKEAの歴史や経営理念、IKEAでの働き方、SDGsへの取り組みなどが紹介される。とくに、「Be yourself(自分らしくいること)」を大切にした働き方、たとえば社内での異動先を自分で選べる社内公募制などは、キャリア教育としても学ぶ価値がある。

その後、店舗内やバックヤードをスタッフの案内で巡る。店内には環境に配慮した製品が並んでいる。家具や雑貨など身近にあるものを糸口にして、SDGsの「つくる責任、つかう責任」を考えることもできるだろう。トイレの洗浄水には雨水が使用され、店舗で消費される電力の約3割は、敷地内に設置された太陽光パネルによる発電で賄われているという。空調も地中熱を利用したシステムが用いられている。バックヤードでは、こうした設備の一端を見学することができる。

全体で60~90分のプログラムが無料で体験できる。SDGsへの企業の取り組みを、実際に見学できる機会は多くないだけに、貴重な体験になるだろう。

ワンヘルスへの取り組み/福岡こども短期大学
福岡こども短期大学の学生
ワンヘルス(One Health)とは、「人と動物の健康と環境の健全性は一つ」という考え方で、SDGsの土台をなすとともに、次に来るパンデミックを防ぐカギにもなるという。福岡県を中心に、こうした考え方を全国に広げる活動を進めている(一社)ワン・ヘルス・クリエイツ理事長の芝田良倫氏による講演を聴いた。

芝田氏は、患った大病を克服した後、福岡の田舎に転居。殺処分寸前の猫や犬を保護し育てる中で、「人と動物とそれらを取り巻く環境」が一体として健康であることが地球を守ることになる、という考え方に共鳴し、現在の活動をするようになったという。

そのようなワンヘルスの理念を、大学での教育活動の一環として実践しているのが保育士や幼稚園・小学校の教員を養成する福岡こども短期大学だ。昨年、この大学のカリキュラムに「どうぶつ学」が加えられ、保護ネコ・保護イヌを育てる「ワンヘルスガーデン」が建てられた。ここは、学生たちが動物を育て、ふれあうことを通して、保育にも通じるワンヘルスの考え方を学ぶ場で、将来的には地域の人々にも開放するという。まだ動き出したばかりなので、教育旅行のプログラムとしては未完成だが、生徒たちがワンヘルスを理解するうえで、効果の大きいプログラムになることと思う。早期に整備されることを期待したい。
留学生との交流プログラム/日本経済大学福岡キャンパス
イングリッシュガーデンでの留学生紹介
福岡こども短期大学と同じ敷地内にある日本経済大学は、在籍する学生の4割が留学生という特色ある大学だ。その福岡キャンパスには、敷地面積およそ3万坪という広大な英国式庭園=イングリッシュガーデンがあり、さまざまな植物や園内の森に生息する野生動物などから、生き物との共生を重視するワンヘルスの考え方を体感することができる。大学では、この庭園を留学生と語らいながら散策するプログラムを提供している。

庭園という、美しい、しかも開放された空間では、生徒たちも留学生とのびのびと交流することができる。それは、楽しい体験となるだけでなく、ワンヘルスに対する互いの考えを交わすよい機会となるにちがいない。

宿泊施設情報
◆メルキュール福岡宗像リゾート&スパ

玄界灘が見渡せる大型リゾートホテル。和室・洋室あわせて285室、最大945名までの受入れが可能。まっすぐな廊下の両側に全部屋があって見通しが良く、生徒の動きを把握しやすい。食事は、1日目の夕食が卓盛り形式の中華、翌日の朝食は洋食。連泊の場合、2日目の夕食は洋食、朝食は中華となる。レクリエーションができる大宴会場もある。


教育旅行を「探究的な学習」の場とするには、生徒の多様な学習課題に応えられるさまざまな「学び」のプログラムが必要になる。学校には、福岡県にあるさまざまな「学び」の資源を活用して、「探究学習」にふさわしい教育旅行を創っていただくことを期待したい。

【問い合せ先】
福岡県商工部観光局観光振興課
TEL:092-643-3429
(公社)福岡県観光連盟
TEL:092-645-0019
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