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掲載記事・視察レポート

視察レポート

新潟県における広域民泊の取り組み(2024年1月号掲載)

2024-02-02
文・写真=(公財)日本修学旅行協会 理事長 竹内 秀一
月刊「教育旅行」2024年1月号掲載
※本記事中の情報は執筆当時のもので、その後変更されている場合があります。
最新情報は問い合せ先にご照会ください。


コロナ禍前には、年々実施する学校が増えていた農山漁村での民泊だが、その頃から多くの地域で、高齢化や後継者不足による受入れ家庭の不足が課題になっていた。加えて、コロナ禍では、ほとんどの地域・家庭が修学旅行の受入れを停止した。

コロナ禍のなかで、修学旅行の教育的な価値が改めて認識され、現在、その実施率はほぼ100%。農山漁村民泊を希望する学校も増えているが、受入れ家庭の不足は今も続いている。そこで、新潟県では、県内の複数の地域が連携して修学旅行生の受入れを行う「広域民泊」をスタートさせた。今回、「にいがたグリーン・ツーリズムセンター」の主催で、広域民泊を行っている阿賀(あが)・十日町・上越・妙高を視察させていただいた。
狐火の伝承が残る町・阿賀町
農家民宿「和彩館」
新潟県の東部、福島県に隣接する阿賀町は、明治時代になるまでは会津藩領だった。町の中心・津川は、会津と越後を結ぶ水陸交通の要衝で、町を流れる阿賀野川の川港町として、また会津街道の宿場町として発展してきた。現在、この地域は県内有数の米の産地として知られている。また、ここにある麒麟山(きりんざん)には狐火の伝承が残っていて、多くの人々が狐のメイクと装束で「狐の嫁入り行列」を行っている。

阿賀町での民泊受入れ家庭は、兼業農家や一般民家、民宿などで、各家庭では、農業体験に限らず阿賀町ならではの地域資源を活用した多様な「暮らし体験」プログラムを提供している。今回は、農家民宿「和彩館(わさいかん)」を訪問した。

著名な彫刻家のご主人と奥様の二人で営む「和彩館」は、納屋をご主人自らが改装したという建物で、全体にアートな雰囲気が漂っている。生徒の受入れは7名まで。米つくりやエゴマつくりといった農業体験のほか、ご主人の指導でアート体験もできる。風呂を沸かす燃料の薪割りなど、普段家庭で行っている作業もするという。暮らしの中での礼儀や作法などもびしびしと指導するそうだ。こうした受入れ家庭の方々との交流の中で、生徒たちは新たな価値観に触れるとともに、過疎化や高齢化が進む地域の課題について考えるきっかけをつかむかもしれない。

■阿賀町ならではの体験活動 

阿賀町ならではの産業として、地元の総合建設会社巴山組(ともやまぐみ)が取り組んでいる「緑の油田プロジェクト」がある。これは、阿賀町で発見された「雪椿」を栽培し、その実から絞った油で食用油やハンドクリームなどを生産するもの。少人数の受入れになるが、油絞りなどの体験もできる。また、かつての代官屋敷跡に建てられた「狐の嫁入り屋敷」には、各地の狐の面が展示されているほか、狐の面に絵付けをしたり、狐のメイクをする体験、屋敷内にある食事処「久太郎」では、新潟の郷土スイーツとして人気の笹団子づくり体験などができる。
日本有数の豪雪地域・十日町市
農家民宿「民宿萬代」
十日町市の中山間地は、1年の3分の1以上が雪に覆われるという豪雪地域だ。このような厳しい自然環境の下、人々はその自然と向き合い、様々に工夫しながら暮らしてきた。ここでの「暮らし体験」を通して、人と自然、人と人との繋がりを考えてみたい。

十日町市では、主に農家民宿が修学旅行での民泊を受け入れている。受入れ人数は現在170名ほど。農業体験や自然体験・環境学習など、地域の人々との交流を重視した体験活動が行われている。今回、宿泊した「民宿萬代(ばんだい)」は、ご夫婦で田んぼや畑を耕作する農家民宿。自慢の魚沼産コシヒカリを作る田んぼや畑での農作業に加え、棚田を見学する里山散策など豊かな自然を活かした体験活動もできる。雪国の農家の暮らしについて、ぜひ訊いてみてほしい。
■「森の学校」キョロロと美人林

十日町市の松之山地区には、日本一美しいといわれるブナの林「美人林」が広がり、それに囲まれた中に里山科学館「森の学校」キョロロがある。キョロロは、雪国の里山(雪里)という、この地域ならではの自然と人との関係性を学ぶことができる博物館だ。雪里の生きものの生体展示など、学校の利用を想定した展示に特色がある。また、探究学習に繋がる里山を活用した体験プログラムも数多く用意されている。

学芸員の小林さんに「美人林」を案内していただいた。真直ぐに伸びた同じ高さのブナが立ち並ぶ姿はとても美しく、「美人林」と呼ばれていることに納得。林を吹き抜ける風も清々しくて気持ちがいい。樹々の樹齢は約100年。木炭にするため全てのブナ林が伐採された後、一斉に芽生えたブナが成長したものだという。ブナ林は豪雪地域に多く分布し、それが蓄えたミネラル豊富な雪解け水が田を潤すことによって米作りができる。こうした自然の循環を体感し、そこから学び、考えることこそ「探究的な学習」に繋がる体験活動だといえるだろう。
「森の学校」キョロロ
美人林
星峠の棚田
■星峠の棚田

十日町市には棚田が多くあるが、それらを代表するのが星峠の棚田だ。山の斜面に広がる大小の水田は、およそ200枚。昔ながらの美しい景観は、まさに日本の原風景と言うにふさわしい。十日町市での民泊では、棚田の畦を歩く体験活動を行うこともあるという。

棚田近くの峠センターで、地元のお母さんたちのお世話になり、昼食のおにぎりを作った。本場のコシヒカリの美味しさを味わうには塩むすびが一番、を実感。修学旅行で来た生徒たちもきっと満足するにちがいない。

星峠の棚田は日の出の頃がさらに美しいというので、早起きして宿泊していた農家民宿「うしだ屋」(後述)のご主人に連れて行っていただいた。朝日は雲間から少し覗いただけだったが、棚田の周りに漂う雲海は幻想的で、昼間見る光景とは違う美しさがあった。棚田は、雨水と湧水だけで稲を育てる天水田。そのため、今年の夏の高温と水不足で黄色く枯れてしまった田も見られた。ここでも自然の循環と山のブナ林が蓄えた水との関係を学ぶことができる。
竹所の古民家集落
■竹所の古民家集落 

星峠の棚田に向かう途中、国道から少し入った所に竹所(たけところ)集落がある。集落には、三角屋根でオレンジ色やうぐいす色などの外壁が印象的な民家が立ち並んでいる。それらは周囲の自然と見事に調和していて、ヨーロッパの田舎かと見まがうほど。これらは、ドイツ人建築家カール・ベンクスさんによって再生された古民家で、NHK BSの番組でも紹介された。かつて限界集落だった竹所には、このプロジェクトにより移住者が増え、今では「奇跡の集落」と呼ばれるほどになっている。SDGs、なかでも「住み続けられるまちづくりを」をテーマとする探究的な学習にとって、竹所集落は、極めて価値の高い学びの場だ。修学旅行生たちが、カールさんや移住してきた方々とお話しできる機会がぜひあってほしい。
越後田舎体験・上越市
「うしだ屋」でのわら細工体験
上越市は、越後田舎体験推進協議会の事務局が置かれていて、以前から修学旅行の受入れを積極的に行ってきた地域だ。この地域も農家民宿が、「民泊」受入れの中心となっている。

今回宿泊した「うしだ屋」もコメ農家が営む農家民宿。経営するご夫妻は、7年前にここに移住してこられたそうだ。ご夫妻から、この地域への思いや里山を守る取り組みについて、ぜひ訊いてほしい。

「うしだ屋」の米作りは、減農薬栽培と無農薬のアイガモ農法とが半々。アイガモへの餌やりなど通常の農作業とはちがった体験ができるかもしれない。また、アケビのつる細工やちまきづくりなど、農家の伝統的な手仕事も体験できる。それらのうち、わら細工で鍋敷きをつくる体験をした。一見すると単純な円形で簡単に作れそうだが、実際にはかなり難しい。40分ほどかけてようやく形にはなったが、出来はいまいち。生徒たちにとっては、身近な材料で、生活に必要な道具を自ら作るという、稲刈り後の農家の暮らしの一端に触れることができる貴重な機会になるだろう。
民泊でふるさと体験・妙高市 
コンバインの乗車体験
長野県との県境に位置する妙高市は、夏の合宿、冬のスキーで賑わう地域だが、修学旅行での民泊にも力を入れている。受入れは、主に30軒ほどあるペンションや民宿。教育旅行で利用する場合には、1家庭の受入れ人数を4~6名に限定し、生徒たちを家族の一員として迎えてくれる。プログラムとしては、受入れ家庭の日常の暮らしや農山村での仕事体験、「笹ずし」などの郷土料理づくりのほか、国立妙高青少年自然の家と連携して行う「妙高アドベンチャー」(プロジェクトアドベンチャーを基本理念とした、自然の中で行う仲間づくりのプログラム)やキャンプファイヤーなど、他ではできない多彩な体験活動がある。

また妙高市では、職業体験と探究学習を組み合わせた「妙高キャリア学習プログラム」も提供している。これは、地域で働く方々からのお話しを聴く2時間ほどのプログラムで、その前後に、講話に関わる施設や場所などの見学・聞き取り調査を行う。今回は、(株)米(まい)ファーム斐太(ひだ)を訪ね、従業員の方々からお話しを伺った。

■ 米ファーム斐太

農業法人「米ファーム斐太」では、米の育苗から収穫までの、農作業の多くを大型機械やITを駆使して行うスマート農法に取り組んでいる。プログラムは、米づくりの流れについてのレクチャーから始まる。とくに強調されるのは農業の進化。汗まみれ、泥まみれになって行うのが農業、という生徒たちのイメージを覆す。つぎに、ずらっと並べられた大型のトラクターやコンバインについて説明を受けたあと乗車を体験。運転席にエアコンやブルートゥースがついた重機もあって驚く。GPSを利用した農業用ドローンの実演もある。これを使えば、田んぼ1枚の液剤散布を1分半で終わらせることができるそうだ。こうした農法によって、農薬や化学肥料を減らすことができる。自然環境の保全や食の安全、加えて農業の担い手の確保といった、これからの持続可能な農業を考えるためのよい事例となるにちがいない。
上江用水路
■上江用水記念公園

上江(うわえ)用水路は、妙高市から上越市へと流れる全長約26kmの農業用水路。地元の大地主や農民が費用を出しあい、自力による掘削が始まったのは400年以上前の戦国時代。山をくりぬき、川の下を通すなどの難工事で、完成したのは江戸時代になってから。これによって干ばつに苦しんでいた周辺の村々は、安定した農業を営めるようになったという。用水路掘削の優れた技術が認められ、平成二七(2015)年には「世界かんがい施設遺産」に登録された。記念公園には、ミニチュアの水路がつくられていて、建設当初の土壁や昭和時代の石積み、現代のコンクリート三面張りと水路の変遷がわかるようになっている。米づくりに必須の水を、どのように確保して住み続けられる村にしていったのか、先人の知恵と努力に学びたい。


視察させていただいた地域では、農家民宿が中心となって修学旅行での民泊を受け入れている。通常の「農山漁村民泊」と同様に、受け入れる際には1グループ4~7名程度と限定し、様々な体験活動も受入れ家庭の方々と一緒に行う。このため、多人数の学校でも広域民泊のシステムを活用すれば、少し離れた地域に分散することにはなるが、学校のねらいを十分達成できると考える。民泊受入れ家庭の不足が課題となっている今、修学旅行で民泊をと考えている学校には、ぜひ新潟県の広域民泊をおすすめしたい。

【問い合せ先】
新潟県農林水産部地域農政推進課
にいがたグリーン・ツーリズムセンター
TEL:025-280-5707
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